長崎に行く度に「行きたい」と思っていながらなかなか行けなかった端島(通称「軍艦島」)へついに上陸!島の見学はもちろん、でもそれ以上に船内での説明ビデオが面白かった。
近代日本の技術遺産の一つとして世界文化遺産に登録された端島。長崎の沖合にある小さな孤島で、石炭を得るだけのために開発され,マンションだけでなく病院や学校まで備える城塞都市のような島。
少しでも広く使うため、風雨に耐えるため、に切り立ったコンクリートの岩壁で固められ,いつしか遠くから見るとまるで軍艦の様に見える様になってしまったために「軍艦島」と呼ばれるようになったそう(実際に第二次大戦で見誤った米軍機が爆撃したとか)。
自然科学よりは技術への興味が強く、近代史・科学技術史を好む自分としては、長崎に来る度に訪れたいと思いつつもなかなか都合が合わずに行けずにいました。
・端島まではもちろん船で
・島に上がってガイドツアー
・ちゃんと「軍艦」撮影可能です
・行く価値あるけど、一度行けば充分
端島まではもちろん船で
端島は長崎市から南へ鋭く突き出した野母崎半島の西側、最短距離で4kmほどの場所にある、長さ500m弱・幅160m余の角丸四角の小さな島。
ここへ行くには長崎港から見学専用の観光船を使います。複数の会社が定期運航しており、島内見学ツアーの船の他、上陸はしないで島の周りを回って帰ってくるだけの船もあります。
季節を問わず一年通して運行していますが、2015年に世界文化遺産に登録された影響もあってか結構人気が高いため、事前予約必須と思った方が良さそうです。
当日は冬らしい晴天で、ほとんど風も感じない絶好の「航海日和」。
長崎港を出て沖之島との間にかかる伊王島大橋をくぐり、そのまま野母崎半島に沿って南下するコースで約30分余り。天候または季節に恵まれたのか、あるいは比較的荒れない場所なのか、は判りませんが、ほとんどうねりなどを感じることもなく快適な船旅を経て、端島へ到着(気象状況によっては着岸・上陸ができない時もあり、特に7月は2/3くらいが上陸断念となる様なので、やはり季節と天気に恵まれたのでしょう)。
島について最初にわかったことは、本当に島の外周はほぼ全周「垂直な壁」ということ。浜や入り江・港などなく、島に隣接する、船よりも小さな楕円形の人工島「ドルフィン桟橋」の一つだけ。
先に来ていた船が離れるのを暫く待ち構えて、入れ替わるように横付けして、無事上陸。
どうやら島で使える桟橋はこの1ヶ所、本当に船一艘分のスペースしか無く、ここ一つで複数の船が入れ替わり、立ち替わり、で使っている様。上陸できる人数・回数などはココのキャパシティで制限されてしまうため、別に「周囲をまわるだけ」の観光船が運航されている様です。
島に上がってガイドツアー
「上陸」しても、普通の島の様に「時間まで自由に歩き回ってご覧ください」とはなりません。1974年以後無人島になって以後、そのまま風雨にさらされて全体的に廃墟と化しているため、立ち入り可能な範囲は3ヶ所の広場とそれをつなぐ通路のみ。一つの船に乗ってきた人は3つ(だったかな、確か)のグループに分かれて団体行動。ガイドさんに率いられて順繰りに各広場を巡って説明を聞き、全員同じ船で帰る、というスタイル。
先に書いた通り一つの桟橋を入れ替わる様に各観光船が使うので、スケジュール通り、時間厳守で動かないと大変なことになりそうです。
実際に目にした島の光景は、まさに「近代遺跡」といった様子。中央に向かって聳え立つ様菜島のカタチにあわせてほぼ全面がレンガやコンクリートの建造物に覆われており、しかもどの建屋も壁が半分ほど崩れ落ちて中が丸見えの状態。
それを少し離れた各見学様広場から、ガイドさんの「あれがマンション跡、あれは神社、中に見えるのはお風呂で、あれはエレベータ…」という説明を聞きつつ見学。狭い島を余さず使い尽くすため、当時としてはビックリする様な「高層建築」や「高度な設備類」で埋め尽くされており、貴重な石炭を入手するためにすさまじい労力と工夫が費やされたのだろう、ということが実感できます。
ただ残念ながら上陸できる場所、そこから見える範囲は全体から見てもごく僅か。また建屋などの中に入っていくことができないので、炭鉱らしさを感じたり、当時の生活の匂いを感じる様な事物を見ることもできません。
また案内看板などもほとんど無いため、ガイドさんのお話しを聞き逃してしまうと、ただ崩れ落ちたレンガを眺めているだけ、になってしまいかねません。逆に、既に全体が3Dデータ化されており、Google Earthを使うと四方八方から舐めるように見ることができるし、またGoogleのストリートビューでは建物などの中まで入っていくことも可能なので、よほど充実した「見学」が楽しめるかもしれません(それにしてもGoogleってすごいなぁ…)。
でも、やはり「現物」には現物ならではの迫力があります。明治時代に当時の技術力でこれだけのものを作り、ビックリするほど大勢の人が暮らしていた、ということが直接感じられます。当時の人たちにとって「石炭」がいかに重要で、またその作業には大変な危険もつきまとう一方で、でもそれを無理矢理やらせるのではなく、その人たちが極力快適にすごせる様に(当時としては)「最先端の暮らし」が整えられていた、ということに、改めて驚きと敬服を感じてしまいました。
ちゃんと「軍艦」撮影可能です
ここを訪れる多くの人が「外せない」と思っていることの一つが「軍艦(の様に見える)写真」撮影でしょう。私も絶対に見逃せない、と思って往路は風を厭わず上甲板で頑張っていたのですが、同様に考える人が群がっており、また島へのアプローチ角度の影響もあってあまり満足な写真を撮ることができませんでした。
でも残念がる必要はありませんでした(全ての船会社がきっと同じ様なことをしてくれるでしょう)。
全員船に戻ってすぐに桟橋を離れた後、ちゃんと撮影用に島の周りをゆっくり廻ってくれました。しかも右舷にいる人、左舷にいる人、それぞれのために右回りと左回りで1回ずつ。さらに「最も軍艦らしく見える角度」になるとアナウンスとともに暫く停止してくれる、という徹底ぶり。
おかげで私もスマホとデジイチの両方で、落ち着いて撮ることができました。
行く価値あるけど、一度行けば充分
ほとんど下調べをしなかった自分が悪いのですが、ここ端島は「世界遺産」に登録された「見学地」なので、博物館の様にいろいろな説明パネルや当時使っていたものなどが置いてあるもの、と勝手に思い込んでいました。
ですが実際にはパネルなどは全く無くて、説明はガイドさんによるものだけ。またその内容も時間が限られることもあって、その場所から「見えるもの」中心になってしまい、例えば島のなりたちや歴史など、より深く端島を知ろうとすると、物足りなさが残ります。
幸い船内では当時の記録映画なども用いた端島の説明ビデオが流されており、見学では見えなかった場所や人々の暮らしなどが当時の映像で見ることができたので、じっくり見入ってしまいました。
上陸時間などの制約もあるので端島内に博物館・資料館的なスペースを取ることは難しいのはわかります。またこれ以上見学する場所を増やそうとすると安全面での課題もあって、実現不可能であろうことも理解できます。
でも結果的に端島自体は「見るだけ」の場所になってしまっており、興味があまり無い人にとっては「ただ遠くから眺める廃墟」にしか過ぎず、特にガイドや説明ビデオを逃してしまうと、それほど楽しめないかもしれません。
せっかくの貴重な技術遺産であることは間違いないので、せめて長崎港に博物館を併設して、セットで楽しめてかつ内容がどんどん充実していく様な工夫がされると、将来含めて何度も楽しめる場所になるのになぁ、とちょっと残念に思います。
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